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最高裁判所第一小法廷 平成9年(オ)2141号 判決 1998年9月10日

東京都千代田区外神田四丁目七番二号

上告人

株式会社佐竹製作所

右代表者代表取締役

佐竹覚

右訴訟代理人弁護士

柏木薫

松浦康治

右補佐人弁理士

稲木次之

押本泰彦

松山市馬木町七〇〇番地

被上告人

井関農機株式会社

右代表者代表取締役

堀江行而

右訴訟代理人弁護士

安原正之

佐藤治隆

小林郁夫

右当事者間の東京高等裁判所平成七年(ネ)第一七六八号特許権侵害差止等請求事件について、同裁判所が平成九年五月二九日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柏木薫、同松浦康治、上告補佐人稲木次之、同押本泰彦の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に基づき原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤光男 裁判官 小野幹雄 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎)

(平成九年(オ)第二一四一号 上告人株式会社佐竹製作所)

上告代理人柏木薫、同松浦康治、上告補佐人稲木次之、同押本泰彦の上告理由

原判決は、特許法(大正一〇年法律第九六号。以下「大正一〇年特許法」という。)の解釈を誤っており、その結果誤った判断がなされている。即ち、原判決には、以下に述べるような判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一、原判決の法律判断

1 上告人(原審控訴人)の、「分割出願である本件発明は、原発明とは別個の発明であるから、本件発明の特許請求の範囲の解釈に当たり、原出願の出願経過を参照する必要はない」旨の主張に対して、原審裁判所は、次のように判示した(原判決の一三丁裏九行目ないし一四丁表一○行目)。

「しかしながら、本件分割出願に適用される大正一〇年特許法の下においても、出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていること及び分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面にも記載されていることを要すると解される。そして、本件発明について分割出願ができたのは、原出願に対する審決取消訴訟で、控訴人主張を容れて審決を取り消した判決が確定し、その判決の拘束力を受ける状態での抗告審判の審理が行われたためであるから、本件発明の分割出願の際には、既にもととなった原出願の願書に添付された明細書又は図面の記載の意味内容が、右確定した判決で明らかにされていたと解することができる。そうすると、本件発明を解釈するに当たり、右原出願に対する審決取消訴訟の内容等を参照する必要があることは当然であるから、控訴人の右主張は採用できない。」

2 しかしながら、「出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていること及び分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面にも記載されていることを要する」との解釈は、昭和三四年特許法の下における出願の分割(同法第四四条一項)についてのみ妥当する解釈であり、大正一〇年特許法が適用される本件分割(同法第九条第一項)にそのまま妥当する解釈ではない。蓋し、昭和三四年特許法(昭和三四年法律第一二一号。以下「昭和三四年特許法」という。)は、出願公告決定後の明細書の補正を厳格に制限するように改正されたのであるが、大正一〇年特許法は、昭和三四年特許法とは補正制度を異にしていたからである。

二、昭和三四年特許法と手続の補正

1 昭和三四年特許法は、手続の補正について、次のように規定している。即ち、その第一七条第一項は、「手続をした者は、事件が審査、審判又は再審に継続している場合に限り、その補正をすることができる。ただし、出願公告をすべき旨の決定・・・の謄本の送達があった後は、第六四条(括弧内省略)の規定により補正をすることができる場合を除き、補正をすることができない。」と規定しており、出願公告前においては、要旨を変更しない限り自由に補正をすることができるが(第四一条は、これを前提とするものである)、出願公告後においては、補正をなしうる事項を、「特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明」のみに限定しているのである(昭和三四年特許法第六四条第一項。出願公告後の補正については、補正をなしうる時期も制限される。なお、昭和四五年法律第九一号による特許法の改正により、第一七条第一項本文は、「手続をした者は、事件が特許庁に係属している場合に限り、その補正をすることができる。」と改正されるとともに、同項の但書及び第一七条の二の追加がなされ、出願公告前でも補正をなしうる時期等について制約が加えられた。また、出願公告後の拒絶査定に対する不服審判請求時の補正に関しても第一七条の三の追加がなされ、補正をなしうる事項について第六四条第一項同様の制限が設けられた。)。

2 出願公告後の分割出願について、例えば、東京高判昭和五九年五月二三日判決(無体裁集一六巻二号三四四頁)は、次のように判示しているが、このような法律判断は、出願公告後の補正の内容的制限を前提として初めて可能となるものである。

「出願公告後の分割出願にあっては、前記のように出願公告された明細書によってその適否を判断すれば足り、その補正前の出願当初の明細書は、仮に分割に係る発明と実質的に同一と認められる発明が記載されているとしても、これを参酌すべきものではないと解すべきである。即ち、出願公告をすべき旨の決定の送達前は、特許法四一条により、出願当初の明細書の記載の範囲内ならばその内容について、特段の制約なくその補正が許されるのに対し、同決定送達後は、同法第六四条、一七条の三所定の制約の下にのみ公告公報に記載された明細書(同条一項にいう「願書に添付した明細書」とは、この明細書を指すものと解せられる。)の補正が許容されるのである。このことは、出願公告された後は、その出願にかかる発明は公告公報に記載された明細書の記載以上に拡がる余地のないことを意味するものと解せられるから、公告後の分割は、公告公報に記載された明細書の記載の範囲を越え得ないものと解するのが相当である。したがって、公告後は、公告公報に記載された明細書が分割の対象となる特許出願(原出願)の内容となるのであり、分割された発明が原出願の明細書に記載されているか否かはこの明細書によって判断すべきこととなるのであって、出願当初の明細書によって右発明の記載の有無を決すべきではない。」

三、大正一〇年特許法と明細書等の訂正

1 これに対して、大正一〇年特許法では、出願公告後の補正に関して、昭和三四年特許法のような制約は設けられていない。

特許登録後の特許発明の明細書については、大正一〇年特許法第五三条第一項は、訂正許可審判の請求により訂正しうる事項として、昭和三四年特許法第一二六条第一項と同様、「特許請求の範囲の減縮、誤記の訂正、明瞭でない記載の釈明」という限定を設けている。しかし、昭和三四年特許法が、公告後で登録前の補正の対象事項について、登録後の訂正審判による場合と同様の制限を設けている(同法第六四条)のに対して、大正一〇年特許法は、登録前の明細書等の訂正に関しては、公告の前後を問わずそのような制限を設けていない。登録前の明細書等の訂正に関しては、施行規財第一一条第二項において「特許局二書類、雛型又は見本ヲ差シ出シタル者ハ審査、審判、抗告審判又ハ再審ノ繋属中ニ限り之ヲ訂正シ又ハ補充スルコトヲ得」と規定されているのみである。

このように、大正一〇年特許法の下では、出願公告の前後を問わず、すなわち、出願公告後であっても、要旨変更に渡らない限り明細書や図面の訂正をなしうるものとされていたのである。

2 もっとも、大正一〇年特許法の下でも、出願公告後の明細書もしくは図面の訂正については、訂正をなしうる時期が制限されており、異議の申立に対して審査官が訂正を命じた場合に限定されていた(第七五条第五項、施行規則第一一条第三項)

しかし、これは、あくまで訂正をなしうる時期の制限にすぎず、出願公告後といえども、異議申立の結果に基づく事項であれば、要旨を変更しない限り、明細書もしくは図面の訂正または補充が可能であったのである。なお、大正一〇年特許法施行規則第一一条第一項は、出願公告の決定のあるまでは、特許庁長官は、出願書類が不明瞭又は不完全なときは、要旨を変更しない限りいつでも訂正または補充を命じることができるとしていたが、これも、出願公告前は、訂正の時期の制限がないことを明らかにするものであって、訂正をなしうる事項を制限するものではなかった。

3 そもそも特許出願の分割は、新たな出願として審査に付されるものであるから、出願公告決定の前後を問わず、分割における内容的制限は、特許出願当初の明細書又は図面に記載された範囲とすることで問題はないはずである。しかしながら、昭和三四年特許法では、公告との関係で補正の内容が制限されたために、出願の分割に関する取り扱いとしても、原出願の公告時の明細書や図面に記載された発明に限定されているにすぎないと考えられる。これに対して、補正に関して内容的制限規定を有しない大正一〇年法下の特許出願の分割にあっては、原出願の出願当初の明細書や図面に記載された発明のみが基準になるべきであると考えられる。

四、原判決の法令解釈の誤り

1 右に述べたとおり、原判決の「出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が、原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていること及び分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面にも記載されていることを要する」との解釈は、昭和三四年特許法の下における出願公告後の明細書の補正の制限を前提とするものであるから、補正制度を異にしていた大正一〇年特許法の下では、誤った解釈である。

すなわち、明細書等の補正(訂正)の対象事項について、出願公告後であっても要旨を変更するものでなければ可能であるとする大正一〇年特許法の下では、出願公告後の分割出願が適法であるためには、分割出願に係る発明が原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載されていればよいのであって、分割出願の際の原出願の願書に添付されている明細書又は図面に記載されている必要はないと解されるべきである。

2 従って、大正一〇年特許法に基づく分割出願は、原出願の特許請求の範囲に記載された発明とは、全く別個独立の出願であって、原出願について生じた手続上の効力等をそのまま承継するわけではないから、本件分割出願時において原出願の発明の構成要件についてなされていた判断が、そのまま本件発明に効力を及ぼすものではない。すなわち、本件の原出願について、出願公告後に拒絶査定がなされ、その不服審判に対して審決取消訴訟(東京高等裁判所昭和三九年行ケ第二号)が提起され、上告人の主張を容れた判決(乙第一号証)が確定し、その判決の拘束力を受ける状態で抗告審判の審理が行われているが、本件分割出願には、もととなった原出願についてなされた右の各手続は、何ら影響を及ぼすべきものではなく、また、本件分割出願時の原出願の明細書又は図面の記載の意味内容に拘束されるものでもなく、原出願の出願当初の明細書又は図面の記載にのみ拘束されるものである。

3 しかるに、原判決は、原出願の出願経過、特に、右審決取消訴訟における原告である上告人の主張及び同訴訟の判決(乙第一号証)の判断に基づき、その「粗雑面」についての解釈である「流動摩擦抵抗を生じるようなザラザラした凹凸のある面で、凹凸の程度は選別しようとする穀粒よりも大きくなく、凹凸の形態において限定された方向にのみ揺り寄せることができるという方向性のないものをいう」との認定を、そのまま分割出願である本件発明の構成要件の「粗雑面」の解釈に流用しているが、このようなことは許されるものではない。

4 以上のとおり、本件発明における「粗雑面」については、原出願の出願経過に拘束されることなく、原出願の出願当初の明細書及び図面の範囲内で、独自に解釈がなされるべきである。

ちなみに、本件分割出願においても、公告後異議申立がなされるとともに、登録後、無効審判の請求がなされ(昭和六一年審判第一二〇〇一号)、この審決に対する審決取消訴訟(東京高等裁判所昭和六二年行ケ第二二三号)において判決がなされている(甲第四号証)。分割出願された本件発明の解釈については、これらの手続における判断や当事者の主張にのみ拘束されるべきであるが、右審決取消訴訟における判決は、「粗雑面」の意味について、「該粗雑面は、撰別板の上向き行程において下層に沈下した穀物粒を支持し撰別板の動きに追随させることをその本来の機能とするものであり、したがって、これを形成する凹凸の形状も粗雑面に右機能を果たすための摩擦抵抗等を与え、かつ撰別板が下向き行程に復する際の前記穀物粒の離脱を妨げないような形状であれば足り、それ以上格別の構成を要するものでないことは明らかである。」(甲第四号証の判決の二一丁表一行目ないし同丁表八行目)と認定するとともに、乙第二号証の揺寄突起と粗雑面との相違について、「一方(揺寄突起)が一定の方向性を有することを必須要件とするのに対し他方(粗雑面)がこれを必須要件としていない点に存するのである・・・」(同二三丁表一一行目ないし同丁裏二行目。なおカッコは代理人が追加)と認定しているのである。そして、上告人は、この認定こそ正当なものであると考える。

5 なお、原判決は、被告製品は選別板を水平揺動させた場合にも選別をすることを根拠として(甲第七号証の試験1のNo.1)、斜上下に往復動する被告製品を乙第二号証の実施であると認定している(原判決二〇丁裏五行目ないし二二丁表末行)。

しかし、被告製品が乙第二号証の発明の実施であるとしても(もっとも、乙第二号証の揺寄突起は頂端線という構成を備えるのに対し、被告製品は、突起54のA面で押送するのであって頂端線という構成を備えていないから、右認定には不服であるが)、被告製品は、選別板を水平に揺動させるのではなく、斜上下に揺動させるのであり、この構成によって選別効率の向上を達成しているのである(甲第七号証の試験2)。従って、この点においては、被告製品は、単に乙第二号証の発明の選別原理を実施したものではなく、本件特許発明の選別原理を実施しているものである(被告製品の選別板を水平に揺動させれば、なるほど板面上の穀粒は、突起54のA面のみの作用を受けるが、斜め上下に揺動させれば、突起54の各面や底面を含む板面全体の作用を受ける。すなわち、板面全体が粗雑面として作用するのである)。

そして、粗雑面の意味について右5に述べたような認定がなされるのであれば、被告製品における選別効率の向上に本件発明が実施されていることは明白である。

五、結論

以上のとおり、原判決は、大正一〇年特許法の解釈を誤っており、この誤った解釈に基づいて本件発明の「粗雑面」の意味を認定したものであるから、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるといかざるをえない。従って、原審に差し戻した上、正当な大正一〇年特許法の解釈に基づいて改めて本件発明の構成要件の「粗雑面」の認定がなされるべきである。

以上

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